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奇跡も魔法もあるんだよ

おはようこんにちはこんばんは。今日も元気にニコニコしてますか?
通り名はウィザード、まめつぶです。
なんかね、『魔法使い』って言われることが多々あるんですよ。

思い返せば、小学生時代・・・
ファミコンを持っていない自分は、友人達がこぞってドラクエをやっているので
暇でした。
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「応対」と「対応」の違い

おはようこんにちはこんばんは。今日も元気にニコニコしてますか?ボールは友達、まめつぶです。

ちなみにボールはモビルスーツの方です。オレンジ色のが好きです。

さてさて本題。

雑誌かテレビかは忘れてしまったのですが、インテルの長友選手の心に残る話がありまして
それを振り返りつつ、自分の仕事マインドに照らし合わせてみようかと思いまーす。

長友選手がインテルに移籍した後、試合でのプレッシャーで思うように動けず、
結果として、監督から試合に出場させてもらえなくなってしまったそうです。

出場できない期間に、自分が動けない理由が何故なのか自分を客観視して考えたそうです。
様々な思考錯誤の末、自分は自分の動きばかりを考えていて、周りの選手やその動きが
見えなかった、見ていなかったと言うことに気付いたそうです。

長友選手は、自分に足りなかったものは、周りの選手や仲間を思い遣る気持ちと
感謝する心、そしてその表現の仕方が大切なことなんだと語っていました。

その想いを胸に試合に出場するようになってからは、彼の動きが大きく変化し、
結果としてチームに貢献出来るようになり、
仲間からもファンからも信頼されるようになれたと。

つまり、自分が周りの仲間に対して、どのように対応するかばかりに因われていたから、
周りが見えなくなり、自らの役割が果たせなくなった。
逆に、周りの仲間を思い遣る気持ちを持ち、周りを見るように意識をすると、
このタイミングでは何をすべきか、どう動くべきかが瞬時に判断できるようになったり、
周りのチームメイトやファンに感謝することが自然と出来るようになった、と長友選手は話していました。

アスリートの世界でも、コミュニケーションの大原則は「得るならば与えよ」なんだなぁとしみじみ。
思い遣り、感謝は自分中心に考え行動する対応意識からは決して生まれないということのお手本だなぁとも思いました。

お仕事的な話に変わりますが、
「応答」と「対応」という言葉っておもしろいって感じませんか?
この2文字を前後逆にするだけで、意味が変わるんです。

「応対」は、相手(お客様)に対し、相手の立場や状況を察知し、受け答えや行動することです。
「応接室」、「応接間」など、広く接する相手やお客様等々を思い遣る心で「もてなす」ことを指しているかと思います。

それに対し、逆にした「対応」の場合は、

「対応」=「相手の状況に対し、こちら側を主体とし、対処、処置等々の言動、態度を取ること」

相手に対面し、要求や要請、依頼に応じて行動や処理を行うのが「対応」で、
当然、対応は相手の出方次第でこちらの行動が変化するものだと思います。

クレーム/苦情処理、故障修理、災害などの場合に多く使われる言葉ではないでしょうか。

つまり、「応対」は、相手に対し、その相手に合せた受け答えをすることであり、
サービス業精神の根源である”お客様は神様です”=”お客様あっての私たちです”を意識することであり、
それに対し、「忙しい」とか「スタッフが少ないから」と言った、こちら都合の事情を優先して接している状況は「対応」であると考えます。

接する相手やお客様を最優先する言動で「応対」するように心掛ければ、

長友選手のように良いプレー=よい仕事(おもてなし)ができるのではないでしょうか?

優秀なサッカー選手は、フィールドを上空から見た視点があるとも言われていますね。

おもてなしの心、広い視野、いつでも心にゆとりを持って、素敵なサービスを提供していけたらいいですね。

ちなみに①、ヴォルフスブルクの長谷部選手の著書「心を整える」も素敵なことがたくさん書いております。

ちなみに②、まめつぶはサッカーはからっきしです。

スカイラブハリケーンはプールの中でやった世代です。

しょーもな。

 

 

愛をこめて花束を

おはようこんにちはこんばんは。今日も元気にニコニコしてますか?花の妖精、まめつぶです。

ちょっと遅くなってしまいましたが、5月12日は「母の日」!
感謝の気持ちは伝えられましたか?カーネーション送っちゃったりしましたか?
カーネーションの花言葉は色ごとに異なるんですよ。

赤・・・・・・・「あなたを熱愛しています」、「母の愛情」、「母への愛」
濃赤・・・・・「私の心に哀しみを」
黄色・・・・・「軽蔑」「嫉妬」
ピンク・・・・「感謝」「気品」「熱愛」
白・・・・・・・「あなたの愛は生きています」、「私の愛情は生きています」

そもそも『母の日』は、いつ、どのように制定されたのでしょうか?

それは南北戦争中に『Mother’s Work Days』と称して、敵味方問わず負傷兵を助け、地域の女性を結束させたアン・ジャービスさんという献身的な活動をする方がいました。

ジャービスさんの死後2年経った1907年5月12日、その娘のアンナ・ジャービスさんは母が教師をしていた教会で亡き母親を偲び、白いカーネーションを贈り、『母の日』となったそうです。

ジャービスさんのアイディアで
『母の日』が制定されてから、母が生きてる場合は赤のカーネーション、
亡くなっている場合は白のカーネーションを身に付けていたそうです。

そんなわけで、『母の日』には赤いカーネーションを贈るようになったのですね。

花言葉も「赤」が一番『母の日』にはしっくりきますね。

他にも、こんな花言葉があるんですよ♪

ウツボカズラ・・・・『危険』
コケモモ・・・・・・・『反抗心』
オクラ・・・・・・・・・『恋によって身が細る』
ミスミソウ・・・・・・『悲痛』

(´Д`|||) ドヨーン…

ウツボカズラはみたまんま、危険だってわかるわい!
コケモモ。かわいい雰囲気で反抗期まっさかり!
オクラ。ネバネバ定食に付き物。健康に良さそうでも恋煩い!
ミスミソウ・・・贈っちゃダメ。忍耐、内証の意も。

 

そんなわけで、ずっと実家に帰っていないので、母に花を贈りました。
バラとガーベラです。

バラとガーベラ

なんか、父が泣いたそうです。
なぜに!?

 

自分を振り返る

おはようこんにちはこんばんは。いつもニコニコしてますか?反省をするフリ!まめつぶです!

私生活でも仕事の上でも『信頼と魅力』は何時如何なる時でも『謙虚さ』と、
人間として、職人として「気が利くね」と言っていただける『五配り』が大事だと教わったことがあります。

『五配り』は「目配り」「気配り」「心配り」「手配り」「身配り」の5つを指します。

こういった語り継がれる、名言にはどんな行動をよしとするかの内省を含むことが多いかと思います。

年齢を重ねる事に自分なりの成功パターンを体得してしまい、自分自身の行いを振返ることをしなくなりがちです。
自らを否定すること、現状を否定することで、新たな発見を探求するということがなくなってしまうのです。

有名な名言で、まめつぶが好きなものが、近藤勇氏の

『人の道』
忘れてならぬものは  恩義
捨ててならぬものは  義理
人にあたえるものは  人情
繰返してならぬものは 過失
通してならぬものは  我意
笑ってならぬものは  人の失敗
聞いてならぬものは  人の秘密
お金で買えぬものは  信用

かっこよいですね。沁みますね。

他にも、面白いなぁと思ったものが、宝塚の下記の教訓です。

宝塚劇団「ブスの25か条」
笑顔がない
お礼を言わない
おいしいと言わない
目が輝いていない
精気がない
いつも口をヘの字の形をしている
自信がない
希望や信念がない
自分がブスであることを知らない
声が小さくイジケている。
自分が最も正しいと信じて込んでいる
グチをこぼす
他人をうらむ
責任転嫁がうまい
いつも周囲が悪いと思っている
他人にシットする
他人につくさない
他人を信じない
謙虚さがなくゴウマンである
人のアドバイスや忠告を受けない
なんでもないことにキズつく
悲観的に物事を考える
問題意識を持たない
存在自体が周囲を暗くする
人生においても仕事においても意欲がない

こちらは反面教師の教訓で、こうならなければ輝けるよ、と言ったものなのでしょう。

目的を設定して行動するのとしないのとでは歴然とした差があると思います。

ちなみに、まめつぶの教訓は

『みんな、仲良く』

これを言うと笑われるんですが、幼稚園の時から壁に貼られているのに
人類は未だに達成できていない事項なんですよ!

シンプルだけど、世界一難しい課題だと思ってます。
だから身の回りから、コツコツと仲良しの輪を広げていく地道な努力をしています。

to harmonize with each other.

言の葉

おはようこんにちはこんばんは。いつもニコニコしてますか?哲学をするフリ!まめつぶです!

もうすぐ5月がやってきますね。五月病の予防接種は済ませましたか?

まぁそんなものはないのですが、自分って何したいんだろ?何のために存在しているんだろう?

なんて考えたりしませんか?

「自分らしく」って言うけど、「自分」ってなんだ!?

デカルトの「われ思うゆえにわれあり」は、全ての哲学や学問が、それらの出発点だなんて話もありますね。

自分把握 大事。

自分のエネルギーの源はなんだろう?幸せに感じることはなんだろう?

なんてことを突き詰めて自分をしっかりと「認識」することが、5月病の予防接種だったりするとかしないとか。